綺麗なドレスを私なんかが試着してしまうことへの罪悪感と、気恥ずかしさ…… だけど一方で、滅多に着ないドレスを試着できることへのうれしさ。 いろんな感情がめまぐるしくグルグルと胸の中で渦を巻く。 というか、サイズ、小さくて入らなかったらどうしよう。公開処刑だ。 そう思いながら、渡されたドレスを近くの鏡に向かって胸の前に当ててみた。 やっぱり綺麗だ。見ているだけで、自然と笑顔になってしまうくらい素敵。 あの人がこのドレスのデザインをしたのだと思うと、すごく不思議な感じがする反面、尊敬してしまう。 そして私の心配をよそに、宮田さんの計測がバッチリだったのか、そのドレスはなんとか私の体型でも入った。「あのぅ……どうでしょう?」 おそるおそる、ドレスを身に纏った状態で元居た場所へ戻ってみるけれど。 宮田さんの反応が怖い。まるで合否判定を受けるような気分だ。 『思った感じと違うね、ダメだ。似合わない。』 そう言われる覚悟も決めておかないとショックを受けそうだと思い、緊張しながらも身構えた。「やっぱり。……似合うと思った」 遠目に私を見つけた彼が、腕組みをしながらしばし固まった後、満面の笑みを見せる。「あのぅ、裾……短くないですか? 自分の脚がすっごく気になります」 そのドレスは上半身がノースリーブ、スカートはAラインの形になっている。 胸の下の切り替えと肩の部分の生地が同じで、薔薇をモチーフにした装飾が付いている。 色は上品な赤だ。だけど強調しすぎないように、上から黒の薄いオーガンジーのようなシースルー生地で覆われている。 黒いベールを被って透けて見える赤が、なんとも言えず綺麗だ。 だけど、私にはスカート丈が短すぎるような気がする。 普段私があまり短いスカートを履かないから、慣れないだけかもしれないけれど。「大丈夫だよ。全然短くないって。それに綺麗な脚をしてるんだから出そうよ!」 いやいや、出そうって簡単に言われても。 こんな大根脚、出しちゃっていいんだろうか。 気にしながらもぞもぞと動く私を見て、宮田さんがやさしい笑みを浮かべる。 遠目から見ていた宮田さんが私に近づいてきて、おもむろに私の胸元になにかを当てた。「うん、これだな」 そう言って差し出されたのは、ダイヤがたくさん散りばめられた
急にくるりと身体を反転させられたと思えば、後ろから宮田さんの長い腕が伸びてきた。 煌びやかなネックレスが、鎖骨あたりにひんやりと当たる。 チェーンの部分にまでところどころダイヤがあしらわれていて、螺旋のデザインにしてあるため、すごく全体的に重厚感がある。 中央の胸元部分はさらに豪華に二連にしてあり、まるでお姫様がつけるネックレスみたいだ。 金具を首の後ろで留めてくれた宮田さんが、再び私の身体を反転させて正面から見つめた。「朝日奈さんの肌に、よく合ってるね」 私に合ってるかどうかは自分ではわからないけれど。 傍にあった鏡を見ると、ドレスとネックレスが見事にマッチしていた。 ドレスだけだと胸元が寂しい感じだったが、このネックレスをつけると相乗効果でどちらも輝きが増した気がするから不思議だ。 やっぱりこのセンス ――― 最上梨子は天才だな、なんて思うと、自然と頬が綻んで笑顔になった。「気に入ったなら、そのネックレス、あげるよ」 「え?! こんな高いものは貰えません」 なにを仰ってるんですか。 プラチナとダイヤで出来ているネックレスを、そんなに簡単にもらえないです。 しかもダイヤ、いくつ付いてると思ってるんですか!「それ、ダイヤが全部小粒だから、そんなに高くないよ」 「いや、でもダメです。絶対もらえません!」 私がそう言うと、宮田さんは残念そうに肩を落とした。「もしかして気に入らなかった? だとしたら、それも僕がデザインしたからちょっとショックだな」 「えぇ?! これもですか?」 着けているネックレスにそっと触れ、驚きながら鏡に映るそれを凝視する。「そう。遊びで作ったものだけど」 「遊び?」 「うん。昔、ジュエリーのデザインもしてみないかって話があったとき、試しに作ってみたんだ」 あらためて……この人はすごいんだと認識した。 今まで、わけのわからないことを言われたからといって、足蹴にしたりしてごめんなさいと心の中で懺悔する。 彼は今、『遊びで作った』って言った。だから全然本気を出していないってことだ。「オファーされたものとはイメージが違ったんだけど、僕はこのデザインが気に入ってね。実物を1つでいいから作っときたかったんだ」 たしかにこれは、デザイン画のまま埋もれさせてしまうのは、もったいない気
「どういう意味ですか?」 「だって……このドレスもネックレスも、朝日奈さんしか着ないし付けない。ほかの人間は誰であっても、これを身につけるのは僕が許さないから」 もう恒例のごとく、やっぱり会話はかみ合わない。 なんと言葉を返していいものかと、一瞬間があいた。「だから預かっといてあげる。ここに置いといて、朝日奈さんの気が向いたときに着ればいいから」 そう言われても、私みたいな一般人がドレスを着る機会なんて滅多にない。 そんな考えが頭に浮かんだものの実際に言葉にするのはやめておいた。 さすがにそこまで言うと、かわいげがない気がして。「バッグはこれかな。あ、それは僕のデザインじゃないけど」 宮田さんが今度はバッグをおもむろに選んで、ポンと私に手渡す。 ラインストーンのついた、アイボリーのクラッチバッグだ。「足は何センチ?」 「二十三センチ……です」 「あー、さすがに靴はサイズが合わないな」 しゃがんで靴の置いてある棚を物色しながら、残念そうに宮田さんがつぶやいた。 棚の靴はディスプレイ用なのか、全部新品みたいだ。 なんでもいいのなら、二十三センチの靴はありそうだけれど。 このドレスに合うもので、と彼が見当をつけた靴は、どうやらサイズが違っていたようだ。「靴は用意しておくよ」 用意しておくって……「どこかで購入するんですか?」 「うん」 「それなら私が買いに行きますから」 「それはダメだよ。僕が選ぶ」 そう即答された上、絶対にそれは譲らないという決意のようなものが伝わってきた。 たしかに、宮田さん……いや、最上梨子に選んでもらったほうがドレスにピッタリの靴を探し出してくれると思う。「じゃあ、後で代金を請求してください」 「朝日奈さんに? それもダメ。心配しなくても友達の店に頼むから、普通より割り引いてもらえるし」 いくら友達のお店で買うと言っても、代金は少なからず発生するのだ。 さすがにそこまでしてもらうのは、申し訳がなさすぎる。 ドレスやネックレスやバッグを貸してもらうだけで十分感謝しているのに、さらに私のために靴を買うだなんてとんでもない。「ダメですよ。それはさすがに悪いですから!」 手をブンブンと横に振りながら、慌ててそれを止めようとした。「好きな女の子に靴をプレゼントするだけ。な
「えっと……あとは髪とメイクかな」 つかつかと歩み寄ってきて、なにをするのかと思えば長い腕を私の後頭部に回し、私が後ろで一纏めにしていた髪留めをスルリとはずしてしまった。 私の長い髪が突然自由になって、頬に自分の髪が当たる。「……髪、当日は緩く巻こう」 そう言って全体を見ながらも、下から少し持ち上げるように髪を触られると、変に意識してしまってドキドキする。「仕事でよくお世話になってる美容師さんに予約を入れとくから。当日その人の美容室で綺麗にしてもらおっか」 もちろん僕もついていくよ、なんてニッコリ笑顔で言われたら、こちらももううなずくしかできない。 やっぱりこの人は、この道のプロで。 仕事の関係上、美容師さんやショップのあちこちに知り合いや友達がいて。 ちゃんと、デザイナーなのだと痛感させられた。 しかも私が大好きな、最上梨子だ ―――「あの…いろいろありがとうございます。では私、着替えてきますね」 試着を終え、再び元着ていたスーツに着替えようと宮田さんに背を向けたとき、そっと手首を掴まれた。「ちょっと待って」 まだ、何かあるのだろうか? ドレスに装飾品、バッグ、靴、ヘアスタイル……あと何が残ってる? 考え込む私をよそに、次の瞬間、彼の口から驚く言葉が言い放たれた。「せっかくだから、もうちょっとその格好でいたら?」 「……は?」 なにを言ってるんだろう?と、自然と私の眉根が寄る。「いや、あの……仕事の話をこれからしようと思ってましたので着替えます」 咄嗟にそうは言ったが、例え仕事の話がなかったとしても、私がこのドレス姿でしばらくすごす意味がわからない。 普通は着替えるに決まっているのに。 やっぱり、この人の考えていることはわからない。 もし頭の中を開けて見ることができるのなら、その思考回路が正常かどうか確認したい。「仕事の話は、その格好でも出来るでしょ」 「え?!」 「じゃ、行こう!」 「わっ!」 反論する暇もなく宮田さんが私の手を引いて入り口のドアを開け、隣のアトリエ部屋へと強引に移動する。 今回は近い距離だったけれど、再び引きずられて歩く形になった。 だから……そうやって勝手に手を引っ張っていくのはやめていただきたい。「私、さっきの部屋にバッグを置いてきちゃいましたよ!」
水族館の水槽の水泡が綺麗だ、って言ってたくらいで、全然進んでる様子じゃなかったのに。 描いてくれたのだと思うとものすごくうれしくて。 どんなドレスなのだろうとワクワクして。 そのデザイン画を、自分が誰よりも早く見られることによろこびを感じた。「こっち来て?」 宮田さんがいつもの黒いソファーとガラステーブルではなく、奥にある仕事用のデスクのほうへ手招きする。 デスクの周りにいろんなものが乱雑に置かれているそこの椅子へ、ドカっと腰をおろした彼の隣に私は所在なさげにそっと立った。 そして彼はデスクの左側の一番下の引き出しから一枚の紙を取り出して、私にサッと手渡す。「これなんだけど」 見せられたその紙には、最上梨子らしい綺麗なドレスのデザイン画があった。 パステルで軽く色づけまでされている。「これって、例の水泡のイメージですか?」 「うん、そう」 青ではなく、綺麗な水色をベースに水泡のイメージを白のレースで形作られているデザインだ。「どうかな?」 「素敵です。綺麗なドレスになりそう」 腰から下のスカート部分が流れるように滑らかなラインで、特に綺麗。 正直にそう思ったから答えたのだけど、産みの親である宮田さんはなぜか苦笑いだ。「朝日奈さん、これに点数つけるなら何点?」 突如そんな質問が飛んできたから答えに困ってそこで会話が途切れた。 いきなり点数をつけろと言われても……。 ……90点くらい? それじゃあ、あと10点何が足りない? と聞かれそうだ。「うん、わかった」 「え? なにがわかったんですか?」 私がそう尋ねても、彼は言葉を発せずいつも通りニコリと笑うだけだ。 机の上にあったペン立てから適当にペンを手に取り、あろうことかそのデザイン画の上から、乱暴に塗りつぶすようにしてグリグリとペンを走らせた。「あーーーー!! 何してるんですか!」 それを見て、私がそう叫んだのは言うまでもない。「これ、気に入らなかったでしょ?」 私が点数を訊かれて、躊躇ったから? 間髪入れず、100点!って言っておけばよかったのかな。 あぁ、せっかく出来た素敵なデザインだったのに……もうボツなのかな。「いえ、このデザイン素敵ですよ」 「ウソ。気をつかわなくていいよ。僕はこれは60点」 「へ?」 「たとえ
「僕と朝日奈さんの感覚が同じで、良かったよ」 目の前の彼は、あっけらかんとそう言って笑うけれど。 また振り出しに戻ったのかと思うと、私は苦笑いしか返せなかった。「そんな顔しないでよ。 なんとなく頭でイメージが沸いたからといって、実際にデザイン画に描きおこしてみたらどうも違う……なんてことはよくあるんだから」 「そうですよね」 私だって、ピンと頭に思いついた企画や立案をいざ書面にしてみると何かがうまくいかなかったり。 自分ではそのときは良い案だと思ったのに、少し時間が経って冷静になるとそうでもなかったり。 私の仕事ですらそういうことがあるのだから、宮田さんの言っていることは、デザインに素人である私でもわかる。「やっぱりさ、今着てるそのドレスを初めて見たときみたいに、朝日奈さんをパーっと素敵な笑顔にするデザインを描かなきゃね」 そう言われて思い出した。 私が今、オフィスで仕事をする格好ではないことを。「着替えてきます」 「えー、もう着替えちゃうの?」 咄嗟にまた手首を掴まれたけれど、それを振り切ろうと思った時だった ―――「ちょっと! これどういうことなの?!」 入り口のドアがノックもなしにいきなりバーンと開け放たれ、そのセリフと共にメモ紙のようなものを持った女性が部屋の中に入ってきた。 彼女はその紙片を見つめていたため、一瞬私に気づくのが遅れたようだ。 顔を上げて正面を向くと、視界に私を捉えて驚いて歩みを止めた。 濃いグレーのビジネススーツをきちんと着こなしていて、ナチュラルメイクで髪は航空会社のCAのように上品にさりげなくすっきりと後ろでまとめている。 目元がキリっとしていてキャリアウーマンという印象だ。 その女性が、鳩が豆鉄砲をくらったように、目と口をあんぐりと開けて驚きを隠せないでいる。 「……操(みさお)」 宮田さんがボソリとそう呟いて、あきれたように溜め息を吐いた。 一体、この女性は誰なのだろうか。 こんな風に部屋に入ってくるのだからただの事務スタッフではない。 宮田さんは、自分を最上梨子だと知っている人しか、この部屋には基本的に入れないはずだから。 なのでここに出入りできる人間は、本当に限られていると思う。 そして彼女は、宮田さんに対してタメ口なのだ。 ということは、相当親
「突然来るなよ」 「だって、携帯に何度電話しても繋がらなかったの」 「あぁ…電話に出られなかったのは悪かったけど、部屋に入るときくらいはノックくらいしろよ」 「それは……ごめんなさい。まさか、客人がいるとは思わなかったから」 そう言って彼女が私のほうに視線を向け、バツ悪そうにごめんなさいと軽く会釈をした。 反射的に私もペコリと頭を下げる。「もしかして……お兄ちゃんの…彼女?」 「お、お兄ちゃん?!!」 彼女から突然飛び出したキーワードに、私は驚いて思わず大きく反応してしまった。 隣に立つ宮田さんが、その声の大きさにクスリと笑う。「妹だよ。誰だと思ったの?」 妹がいることは、以前聞いたような気がする。 自分とはまるっきり違う、真面目な性格なのだとか。 どうやらこの女性が彼の妹らしい。よく見ると、キリっとした目元が宮田さんにそっくりだ。「えっと……妹の操です。兄はちょっと……いや、かなり変わり者なんですけど、純粋なだけで悪気は全然無いので、いろいろとビックリさせたり迷惑をかけたりするかもしれませんが、嫌いにならないでやってください」 完全になにかを誤解した操さんが、もじもじとしながら申し訳なさそうに、私に一気にそう告げて頭を下げる。 しかも、真剣に、一生懸命に。 その姿を見て、兄想いの優しい人だと微笑ましく思った。「……操、なにをお願いしてるんだ?」 「変人過ぎるのが原因で、彼女に愛想をつかされないようにお願いしてるんじゃないの」 「この人は僕の恋人じゃなくて仕事関係の人だよ」 「え?!」 やはり私のことを恋人だと誤解していたようで、キリっとした彼女の瞳が再び大きく見開かれた。「初めまして。リーベ・ブライダルの朝日奈と申します。今回ブライダルドレスのデザインでお世話になっております」 「そう……だったんですか……。うちの兄が、本当に申し訳ありません! 仕事関係の方にそんなドレスまで着させてよろこぶなんて、ド変態極まりないですよね」 「ちょっと待て。誰がド変態だよ!」
兄妹の会話が面白くて、思わず少し声に出して笑ってしまった。 だって操さんは冗談のつもりは一切無く、至極真面目にそう言ってる。 今度の日曜にふたりで一緒にパーティに赴く事情を知らない彼女は、彼が理由もなく私に強引にドレスを着せて遊んでいるのだと誤解したらしい。 そうじゃなきゃ、仕事上の関係でしかない私がドレスに着替える必要がないと考えるのは当然だ。 ――― それにしても、ド変態はウケる。「違うんですよ。今度パーティに出席する際に宮田さんにドレスをお借りすることになって、さっき隣で試着してたもので。でもこんな格好でここにいたら驚きましたよね」 今更ながら自分がドレス姿なのが猛烈に恥ずかしくなってきて、赤面しながら操さんに説明すると、事情をわかってくれたようだった。「で? 操はなんの用?」 「なんの用?じゃないわよ。これよ、これ!」 操さんは思い出したようにムッとし、持っていた紙片をピラピラとさせながら、こちらへツカツカと歩み寄ってきた。 私は今がチャンスだと思い、ふたりが話している間に隣の部屋に戻ってスーツに着替えようと、そっとその場を離れる。「入金金額、間違ってるよ! ほら!」 「あれ? そうだったか?」 部屋をそっと出て行くときにふたりのそんな会話が聞こえたから、なにか仕事がらみの話なのかもしれない。 言葉の発し方に真剣さをうかがわせる操さんの様子から、なんとなくそう感じた。 隣の部屋でドレスを脱いで、着て来たスーツに着替え終わると再びアトリエ部屋に戻った。 てっきりまだ操さんがいるものだと思っていたのに、その姿は既になく……。「あれ? 操さん、帰られたんですか?」 「うん。僕が振り込んだ金額が違うとかなんとか喚いて、帰って行ったよ」 ……操さんの用事は短時間で済んだみたいだ。 操さんがまだいるのなら、私は自分の用事も済んだし、挨拶だけして帰ろうと思っていたのに。「操が働いてる会社、海外の輸入雑貨を扱ってるんだ。この前久しぶりに会ったらいろいろ仕入れさせられちゃってさ。で、その代金を振り込んだんだけど金額が間違ってるって、あの剣幕だよ。細かいこと言いすぎだよね」 「いや……全然細かくないですよ。振込み金額が間違っていれば指摘されるのは当たり前です」 至極当然だと私が素で言えば、冗談だよとケラケラと宮田さん
それに……以前に宮田さんが言っていた言葉をふと思い出した。『このドレスもネックレスも、朝日奈さんしか着ないし付けないし。ほかの人は誰であってもこれを身につけるのは僕が許さないよ』 たしかに……そう言ったんだ。 まるでドレスが、元々私のものであるかのように。「あの……宮田さん……」 目の前に広がる美味しそうな料理を堪能しようと、白いお皿を手にした宮田さんにそっと声をかけた。「どうしたの?」 「さっきのことなんですけど」 「ん?」 ほんの数分前の出来事なのに、香西さんとの会話の内容は頭からすっかり抜け落ちたみたいな反応だった。「さっき香西さんに仰っていたことです。このドレスが……私のためのものだ、って。本当ですか?」 「あー……うん、そう」 頷くように首を縦に振った宮田さんは、また少し顔を赤くした。 それは先ほど香西さんに見せたものと同じ顔だ。「でも、事務所で試着したときには、ひと言もそんなこと言わなかったじゃないですか。あのとき、私の体のサイズでも入るドレスを出してきてくれただけだとばかり……」 このドレスを試着する前、宮田さんは私の肩と腰に触れて体格を目で測っていたはず。 あの計測の元、このドレスが選ばれたんじゃなかったの?!「恥ずかしかったんだよ。特定の人をイメージしてドレスを作ることなんて今まで散々やってきたのにね。好きな女性に着てもらうために、ドレスを一から制作したのは初めてだった。でも……君のために作ったよ、って堂々と口にするのは、いざとなったらなんだか照れくさくてさ」 「ちょっと……待ってください」 信じられない。 本当に私をイメージして、一から作ったって言うの?「いくらなんでも、出来上がるのが短期間すぎます。私と出会う前からデザインを描いていたとしか考えられませんけど……」 私の存在など関係なしにデザインが描かれていたならば、私をイメージして……というには語弊があると思うけれど。「デザインは、朝日奈さんと出会う前に描き終わってたよ」 「……え?」 「ほら、雑誌。あの紙面の中の朝日奈さんを見ていたら、このドレスのデザインがどんどん頭に浮かんできちゃってね」 そうか、あの……雑誌。 袴田部長に騙されて受けた例の取材のときのやつだ。
「売り出したり、ショーに出す予定はないですよ」 「は? どうしてだ? ここまで良い出来なのに」 「元々そういうつもりで作ったものじゃないからです」 宮田さんの発言には、香西さんも驚いたように目を丸くして黙り込んでいた。 私もそれには激しく同意で、じゃあなぜこのドレスを作ったのかと不思議に思う。 たまたま良いデザインが描けたから? だったら、ショーに出してお披露目してもいいはずなのに。「え……そういうことか?」 「……はい」 「彼女のために?」 「はっきりそう言われると照れますけど」 今の二人の会話は、一体どういうこと?? 照れる、と言った宮田さんを見ると少し顔を赤らめていて、私だけが会話の意味がわからずにポカンとしてしまった。「だからか。サイズも、彼女の雰囲気にも、ドレスがぴったりと当てはまってるのは」 「えぇ」 「最上梨子に全身包まれてる、って感じだな。朝日奈さんは君の愛がたっぷりと込められたドレスを着ているわけだ」 微笑ましいものを見るように、香西さんは私と宮田さんに笑顔を向けるけれど。 私の脳はそれを理解する処理が非常に遅くてついていけない。 香西さんがほかのパーティ客に挨拶するために私たちの元を離れたあと、やっと言われてる意味がわかりだした。 宮田さんは、このドレスを……… ――― 私のためにデザインし、作ったということ? 隣にいる宮田さんをそっと盗み見るけれど、既にその表情はいつも通りの飄々としたもので、本当はどうなのか、何を考えているのかは私には読めない。 だけど、香西さんと宮田さんの会話を頭の中に再び思い浮かべて考えてみると、どうしても先ほどの結論に至る。 いや、でも……それはありえない。 いくら遊び感覚で作ったものだと言っても、私のイメージに合わせてデザインを考え、パタンナーに型紙を起こしてもらい、縫製をしてだなんて……。 例えこのドレスが慌てて作ったサンプル品だったとしても、仕上がってくるまでの期間が短すぎる。 私と宮田さんは、初めて顔を合わせてから一ヶ月と少ししか経っていない。 百歩譲って私と初対面の日からデザインを考え始めたとしても、私が先週デザイン事務所の衣裳部屋を訪れたときには、すでにあそこの部屋にこのドレスは存在していた。 こんなに完璧に、きちんと縫製されて
「こちらの可愛らしい方は? 君の恋人?」 私に視線を移し、香西さんが紳士的で素敵な笑みを浮かべる。「そうだといいんですけどね。残念ながら違います」 「でも君が女性と一緒だなんて初めて見たよ。君は本当は男が好きなんじゃないかって、俺は疑い始めてたんだけどね」 「冗談じゃないですよ。やめてください」 宮田さんがそう答えると、香西さんは愉快そうにワハハと笑った。 本当にあったんだ……ゲイ疑惑。「初めまして。リーベ・ブライダルの朝日奈と申します」 「どうも。香西です。……リーベ・ブライダルさん?」 「実は今、ブライダルドレスのデザインをやってるんです」 その宮田さんの言葉に、ハッと驚いて視線を向けた。 彼は今、『僕』と名乗ったから。 今の発言は……大丈夫なんだろうか。「あ、大丈夫だよ。香西さんは僕の正体を知ってるんだ」 「そ、そうだったんですか」 咄嗟に宮田さんが失言したのかと思った。 自分が最上梨子であると、口を滑らせたのかと思ったのだけれど違ったらしい。 ホッと胸を撫で下ろす。焦って損した。 びっくりするから、そういうことは事前にこちらに言っておいていただきたい。「君の恋人じゃないなら、俺が彼女の恋人に立候補しようかなぁ」 楽しそうな笑みを貼り付けて、香西さんが腕組みをしながらそんな冗談を言う。「ダメですよ。僕が口説いてる最中なんだから」 いや、口説かれている実感はあまりありませんよ。 からかわれている実感なら十分ありますけど。「口説くのに、順番なんてあるのか?」 「ていうか、香西さんには綺麗な奥さんがいるでしょ!」 「あれ、そうだったか」 「そんなこと言ってても奥さんにベタ惚れなの、知ってますからね」 宮田さんがムッと口を尖らせてそこまで言うと、香西さんは再び噴出すように笑った。 いつも私をからかってばかりの宮田さんが、香西さんと話していたらからかわれる立場に逆転だ。 そんな珍しい姿を見ると、おかしくて私も笑みが零れる。「冗談冗談。君が彼女を好きなのはすぐにわかったよ。今日の彼女、君のトータルコーディネートだろ?」 そう言いながら、香西さんは私のドレスのほうへ視線を下げる。「いいじゃないか、このドレス。もしかして……これか? 最近作った自信作っていうドレスは」 「はい。そうです」
「あの人……めちゃくちゃ綺麗」 光り輝くように美しい女性の姿が、自然と私の目に飛び込んでくる。 オシャレな白のドレスに身を包んだその女性は、美しさからかほかの人よりも一際目立っていた。 年齢は若くスタイル抜群、顔は小さいし……パーフェクトな美人だ。「あー、モデルのハンナだよ」 宮田さんがボーイさんからシャンパンの入ったグラスをふたつ受け取って、ひとつを私に手渡す。「ハンナさん?」 「うん。知らないかな? 最近、香西さんのお気に入りでね。ファッションフェスタにもよく出演してるよ。お、今日も彼女は全身“香西ブランド”だ」 宮田さんがそう教えてくれたけれど、私は彼女を知らなかった。 そっか、モデルさんかぁ。 どうりで美人だし、香西さんがデザインしたドレスもよく似合うはずだ。「うらやましいです。私とは同じ女とは思えない美しさで」 「なに言ってんの。あんなの見かけだけだよ」 「……え?」 「中身は見た目とは全然違う。彼女は性格が悪いって評判だ」 私の耳元で、コソコソと話す宮田さんの言葉が、信じられなかった。 今だって、周りの人たちが誰でも虜にされてしまいそうな、太陽みたいな笑顔を振りまいてるのに?! ……ここは、話半分に聞いておこう。 宮田さんのことだから、大げさに言っただけかもしれないし、その人のことをなにも知らないのに最初から色眼鏡で見るのはよくない。 それに、今の私と彼女は仕事上接点がないのだから、どうであれ関係ないことだ。「あっ!」 ふと宮田さんが小さく声をあげて、誰かに手を振っている。 その視線の先に居たのは……「香西さんと目があった。挨拶に行こう」 このパーティのホストである香西健太郎さんの元には、ひっきりなしに様々な人が挨拶や談笑に訪れる。 宮田さんはその切れ目を狙っていたようで、香西さんも目が合ったのをきっかけに笑顔でこちらに歩み寄って来てくれていた。 私たちもすかさず香西さんの元へ向かう。「やぁ、よく来てくれたね」 生で見るのは初めてだけれど、以前にテレビで見たときと同様、香西さんはオシャレで素敵なオジさまだ。 さすがは名の知れたデザイナー。 全身から一般人とは違うオーラが溢れ出ている気がする。「事務所創立十五周年、おめでとうございます」 「ありがとう。豪華な花が事務
「興味が沸いたんですか?」 「興味? それなら初めからずっとあるけど?」 へぇ、そうなんだ。今度はジュエリーか。 最上梨子が本気で作るジュエリーは、きっとまた誰もが心を奪われるデザインなんだろうな。 「興味がなきゃ、こんなに構いたいとは思わないし……この腕や指に似合うものを作ってみたいなんて思わないよ」 「………」 今もまた、会話がかみ合わなかった気がする。 私が尋ねた興味の対象は、ジュエリーデザインのことだったが、宮田さんが言った対象はきっとそのことじゃない。 さっき美容室でマチコさんにも、私のことを好き……みたいなことを口走っていたけれど、この人がどこまで本気で言ってるのかはわからない。 社交辞令というか冗談なのだとすれば、こちらも笑って聞き流せばいい。 だけど、もしも…… 先ほどの「好き」も、今の言葉も、本気で言っているのだとすれば…… 私は宮田さんに、その想いに対しての答えのようなものを用意しなければいけないんじゃないのかな。 ――― 私が彼のことをどう思っているのか。 タクシーが、パーティ会場であるホテルの正面玄関前に、滑り込むように停まった。 先に車を降りた宮田さんが、私が降りようとすると、にっこり笑って手を差し伸べてくれる。 その紳士的な行動に、自分がお姫様にでもなったような錯覚を起こしてしまいそうだ。 辿り着いた先は某有名ホテルだった。 そこのスタッフさんはもちろんきちんとした応対だし、どこもかしこも手垢ひとつ付いていないくらい清掃が行き届いている。 パーティ会場の入り口で受付をし、中へ入ると普段の自分がいる世界とは全く違う異世界が広がっていた。「さすがは香西健太郎。お金かかってるね」 「そ、そうですね。私……帰りたい」 こんな世界に、私が居ちゃいけない気がする。普通に混じっていたらダメだ。 全員が絢爛豪華なドレスを身に纏って颯爽としているのだから。 私のように着慣れないドレスを着て挙動不審にしている人なんて、ひとりもいない。「そんなこと言わないでよ」 帰りたい、と言った私の言葉を耳ざとく聞きつけた宮田さんがそう言って苦笑う。「ほら、ビュッフェの料理、おいしそうだよ? ホテルの自慢のおいしい料理の食べ放題バイキングだと思って、リラックスして!」 「む、無理です」
さすがプロ。ドレスとも合っているし、目はパッチリとしたけれど上品さは残したままだ。 鏡に映る自分を不思議な気分で見つめていると、宮田さんが後ろから近寄ってきているのに気づいた。 彼はなにも言わずに私を椅子から立たせて、自分と向かい合わせになるように正面から凝視する。 ドレス姿の私をじろじろと上から下まで見た後、私の顔に焦点を合わせた。「どうしよう。めちゃくちゃ可愛いよ!」 とびきり嬉しそうな顔をして、宮田さんが思い切り抱きついてきた。「わっ! 」 慌てた私が、咄嗟に驚きの声をあげる。 な、なにをするんですか! 仕切られたスペースだとは言え、美容院ですよ、ここは。「宮田くーん。せっかくのメイクと髪、崩さないでね。今ここでイチャイチャしないで、パーティが終わってからにしなよ」 気持ちはわかるけど、なんて言いながらマチコさんが呆れて笑っている。「うん。パーティ後にはいっぱいイチャつくよ。今キスしたらリップもグロスも落ちちゃうからね」 「え、宮田くんって意外と肉食なのね。まぁ、男は多少肉食じゃないとね。草食なんてダメダメ!」 ……なんという恐ろしい会話をしてるんですか! だけど……私を抱きしめる宮田さんの温もりがやさしくて、彼の上品なスーツから漂うフレグランスの香りに酔いそうになる。 その場を取り繕うように少し抵抗して見せるけれど、ドキドキとうるさい自分の心臓に、私自身が嫌でも自覚させられた。 ――― この人を、意識していると。「二人とも、また来てね」 「うん、ありがとう。またね」 マチコさんがタクシーを呼んでくれて、美容室を後にした。 だいたい、今日の宮田さんは反則だ。 いつもふざけた調子で、なにひとつ真剣なことを言ってる感じがしない人なのに。 今日ばかりは、どこを取っても普通の大人のイケメンだ。 普段とギャップが激しすぎる。 ……だからだ。私もドキドキしてしまったり、いつもと違ったりするのは。 タクシーの中、窓の外の流れる景色を見ながらそんなことを考えていると隣に座る宮田さんが私の手をふいに繋いだ。「朝日奈さんって綺麗な手をしてるよね。……そうだ、今度はブレスレッドやリングもデザインしてみようかな」 繋いだ手をまじまじと見つめながら、彼が穏やかな口調でそう言った。 ジュエリーのデ
「で、彼女は……モデルさん?」 「いえ! ち、違います!」 マチコさんのその甚だしい勘違いには、驚いて目を丸くしながら私は全力否定した。 どこをどう見間違うと、私がモデルに見えるのか…。 もはや謎としか言いようが無い。「あ、じゃあ宮田くんの彼女だ。ふたりで仲良くパーティに出かけるってわけね」 私の髪をテキパキと巻いていきながらもニヤリと冷やかすような笑みを浮かべて、マチコさんは私と宮田さんを交互に見る。「か、彼女ではないです!」 「そう、彼女じゃないよ。僕は好きだなんだけどね」 サラっと人前で、どうしてそんなことを言うかな。 恥ずかしいけど、髪をやってもらってるから俯くこともできず、鏡の中の自分を見ると耳が赤くなっていた。「なにをモタモタしてるんだか。こんなにかわいい子なんだから早くものにしないと。ほかの男に持っていかれちゃうわよ?」 好きだと言った彼の言葉にマチコさんはさほど驚くこともなく、説教の混じった言葉を宮田さんに投げかけると、鏡の中の私にニコっと微笑む。 マチコさんの手際は神がかり的で、私の髪は短時間で綺麗に巻かれてセットされた。 あとはメイクだけど…… 助手の人に、あれやこれやと細かく指示を出してメイク道具を準備させていたその時 ―――「宮田くんもやってあげる」 後ろで私の様子を見守っていた宮田さんに、突如マチコさんが近づいてそう言った。「僕も?」 「うん。ワックスつけたらもっとカッコよくなるから!」 そう言いながらマチコさんの手には既にワックスが付けられていて。 宮田さんが必要ないと言っても、やるつもりなんだなと思うと笑いがこみ上げた。 鏡も何もないスペースに座る宮田さんに、マチコさんが魔法をかける。 「できあがり」と呟いてマチコさんが離れると、ワックスで無造作にセットされた黒髪の宮田さんが鏡越しに見えた。 もう……何よ。 黒スーツにアスコットタイ、それだけでも似合っているのに、さらに髪型までかっこよくなっちゃってる。 そうしているうちにメイク道具がそろったようで、今度はマチコさんが私に近づいてくる。 椅子をくるりと横に向きを変えられメイクが始まった。 いつも私が自分でしているナチュラルな適当メイクとは違って、いくつもの筆を使い、丁寧に絵画を描くようにマチコさんが仕上げてい
「ありがとうございます。宮田さんもすごく素敵ですよ」 少し照れたけれど素直に感想を言うと、当の本人の宮田さんは私以上に照れてしまったみたい。 顔を赤くしたのを私は見逃さなかった。 タクシーを呼んで、二人で美容室へ向かう。 大して事務所から距離は遠くなくてすぐに到着した。 そこはけっこう大きな美容室で、日曜だから来店客で少し混雑している。「マチコさーん!」 受付カウンターの奥にいた女性に、宮田さんが声をかけると、30代後半くらいの女性が振り向いて笑顔を向けてくれた。「宮田くん、待ってたわよ。いらっしゃい」 こんにちは、とお決まりの挨拶を済ませると、宮田さんと私を手招きして美容室の奥にある個室のようなスペースへと案内したこの女性・マチコさんは、ここのオーナーらしい。 私は促されるままに、大きな鏡の前に座らされた。「マチコさん、このドレスに合うようにセットしてね」 「はいはい。最上さんのドレスを台無しにはしませんよ」 「あはは。そこは信じてるけど」 マチコさんは、なんでもテキパキとこなすやり手のオーナーという印象だ。 仕事でお世話になっている美容師だと、宮田さんからは聞いていたけれど、けっこうふたりは親しそうだ。「で、ご希望は?」 「全体を緩くふわふわ~っと巻いて……後は任せる。あ、メイクもね」 「了解」 その会話に私は一切入れず、ただ唖然と聞き入るだけだった。 マチコさんは鏡の中の私ににっこりと微笑むと、私の髪をサラサラといじり始める。「かわいくしてあげるからね。任して!」 「よ、よろしくお願いします」 この人の手で、今から魔法をかけられる…… なんだかそんなふうに感じさせられるほど、マチコさんはカッコいい。「忙しい日曜に、ごめんね」 後ろの椅子に腰掛けて待機している宮田さんが、マチコさんに申し訳なさそうに声をかけた。 美容室の土日は忙しい。 だけど、知り合いである宮田さんの為にマチコさんはわざわざ予約をあけてくれたのだろう。「ほんとだよ。だけど宮田くんの頼みじゃ断れないでしょ。パーティだって?」 「うん。最上さんの代理でね」 「へぇ、いろいろ大変ね」 ――― 今の会話でわかった。 マチコさんは、宮田さんの正体を知らない。 話しぶりからすると親しい間柄のようだし、自分の正体を話して
日曜日。誘われていたパーティ当日になった。 迷ったけれど私はいつものスーツで最上梨子デザイン事務所を訪れた。 どのみちドレスに着替えるのだから律儀にスーツじゃなくてもいいような気がしたけれど、仕事ではないとはいえ、私の中では少し仕事気分だ。「朝日奈さん、今日もスーツなの?」 よっぽどスーツが好きなんだね、って出迎えてくれた宮田さんがケラケラと笑うのは、この際無視だ。 事務所は日曜だから業務は休みで、スタッフはもちろん誰もいない。 照明もあまりついておらず、昼間でも薄っすらと暗い中、宮田さんの後に続いて、この前の衣裳部屋へと入っていく。 パーティは夜からだけど、今日のスケジュールはこうだ。 まずこの衣裳部屋で、ドレスに着替える。 そして、宮田さんが予約してくれている美容室までタクシーで移動。 そこで髪をセットし、メイクをしてもらったら、そこからパーティ会場までまたタクシーで移動、という予定になっている。「靴、用意しといたよ」 部屋に入るなり、満面の笑みで宮田さんが私にパンプスを手渡す。 色は大人しめなシャンパンゴールドで、ピンヒール。 つま先から外側のサイドにかけて、ストーンが上品にあしらわれているデザインだ。 早速履いてみるように言われ、真新しいその綺麗な代物にそっと足を入れてみた。「どう? 足、痛い?」 「いえ。大丈夫です」 「そう、良かった」 「ありがとうございます。素敵な靴を準備していただいて」 お礼を言うと、「どういたしまして」と宮田さんが余裕めかして笑った。「じゃ、僕も隣の部屋で着替えるから、朝日奈さんもドレスに着替えてね」 意気揚々……とでも言うんだろうか。 宮田さんがなんだか楽しそうに、この前試着したドレスを私の両手に乗せて、そのままひらひらと手を振って部屋を出て行った。「入るよー」 コンコンコンと小気味よく扉がノックされ、着替え終わった宮田さんが再度登場する。 私もそのときには着替え終わっていて、自身を鏡で確認しながら大丈夫だろうかと心配していたときだった。「うん。やっぱり似合うな」 宮田さんのその言葉が私の不安を少しばかり軽減してくれる。 似合っているかは自分ではわからないけれど、ドレスと靴は見事にマッチしていた。 そして鏡に向かう私の後ろから、この前もつけ